霊柩車を見たら、親指を隠さないといけない
通りの向こうから、黒くて豪華な車がゆっくりと近づいてくる。その瞬間、子どもたちは一斉に拳を握りしめました。
噂の内容
昭和の小学校からの帰り道。友だちとふざけ合いながら歩いていると、誰かが急に声を上げます。「霊柩車だ、親指隠せ!」。見ると、金色の屋根飾りがついた黒い車が、ゆっくりと交差点を曲がってくるところでした。子どもたちは慌てて親指を手のひらの中に折り込み、ぎゅっと拳を握ります。車が見えなくなるまで、誰も口をききませんでした。
なぜ親指を隠さなければならないのか。理由を聞くと、こんな答えが返ってきました。親指を隠さないと、親の死に目に会えなくなる。あるいは、親が早く亡くなってしまう。親指の「親」と、自分の親を重ね合わせた言い伝えです。中には、指の先から悪いものが入り込んでくるから、という説明をする子もいました。
この習慣は、地域を越えて驚くほど広く知られていました。誰に教わったのかは覚えていないのに、気づけば体が勝手に反応してしまう。大人になった今でも、霊柩車を見かけるとつい拳を握ってしまうという人は少なくないようです。助手席の子どもに、思わず同じことを教えてしまったという親もいるほどです。
たった一瞬、親指を隠すだけで、大切な人を守れる。そう信じた子どもたちの小さな拳には、精いっぱいの願いがこめられていたのかもしれません。
ささやかれる証拠
「親指」と
いう 言葉の 重み 指の名前に「親」という字が入っているため、親の身を案じる言い伝えと自然に結びつきます。言葉遊びのようでありながら、心に響く説得力があります。
子ども
同士で 広まる この習慣は、学校や通学路で子どもから子どもへと伝わってきました。友だちがみんなやっていると、自分だけやらないのは怖く感じるものです。
目立つ宮型霊柩車
かつての霊柩車は、金色の装飾が施された宮型のものが多く、一目でそれとわかりました。非日常的な見た目が、特別な儀式を必要とする存在として子どもの心に刻まれました。
表向きの説明
霊柩車を見たら親指を隠すという習慣は、民間の言い伝えとして各地に伝わってきたものとされ、いつどこで始まったのかははっきりしておらず、地域によって隠す理由の説明も少しずつ異なります。親指と親を重ねる言葉の連想や、死をけがれとして遠ざけようとする考え方が背景にあるとも言われます。
近年は、金色の装飾がついた宮型霊柩車が減り、一般の乗用車に近い形の洋型霊柩車が主流になっていると報じられています。見た目で霊柩車と気づきにくくなったこともあり、この習慣を知らない世代も増えているようです。言い伝えそのものも、時代とともに姿を変えつつあると言えそうです。
ちなみに、「親の死に目に会えない」と言われる行いは、親指を隠さないことだけではありません。代表的なのが「夜に爪を切る」ことで、「夜爪」が「世を詰める」に通じるから縁起が悪いと説明されることもあります。昔は明かりが乏しく、夜の刃物仕事が危なかったことも関係していると言われます。
さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら