ナポレオンはとても背が低かった
背の低い男の強がりを「ナポレオン・コンプレックス」と呼ぶほど。皇帝は本当にそんなに小さかったのでしょうか。
噂の内容
ヨーロッパを席巻したフランス皇帝、ナポレオン・ボナパルト。その姿を思い浮かべると、多くの人は小柄な男を想像するはずです。大きな帽子をかぶり、胸元に手を差し入れた、背の低い独裁者。そんなイメージが、200年以上たった今も根強く残っています。映画や漫画でも、彼はたいてい小さな男として登場します。
背の低さを補うように、彼は領土を広げ、権力を求め続けた。そんな見方から生まれたのが「ナポレオン・コンプレックス」という言葉です。小柄な人ほど攻撃的で、支配欲が強くなる。心理学の俗説として、今でも使われることがあります。小さな体に、大きすぎる野心。物語としては、実によくできています。
証拠とされるのが、ナポレオンの死後に残された記録です。そこには身長が「5フィート2インチ」と書かれていたとされます。現代の感覚で計算すると、なんと約157cm。成人男性としては、かなり小柄な数字です。今の日本の成人男性の平均と比べても、明らかに低い背丈です。
さらに、敵国イギリスでは、ナポレオンをちょこまかと動く小人のように描いた風刺画が大量に出回りました。癇癪を起こす、ちびの皇帝。このイメージは海を越え、あっという間にヨーロッパ中に定着していきます。英雄の実像は、案外そんなものだったのでしょうか。
ささやかれる証拠
記録に
残る 「5フィート2インチ」 死後の記録に書かれた身長の数字が、英米の単位で読むと約157cmになります。数字がはっきり残っている、というのが小柄説の強みです。
イギリスの
風刺画 ナポレオンと戦っていたイギリスでは、彼を小さく滑稽に描いた風刺画が人気を集めました。当時の人々の目にもそう映っていたのでは、と考えられたのです。
「小さな
伍長」と いう あだ名 ナポレオンは兵士たちから「小さな伍長」と呼ばれていたとされます。あだ名にまで「小さい」とつくのだから、やはり小柄だったのだろう、というわけです。
大男ぞろいの
護衛 ナポレオンのそばには、背の高い兵士が選ばれた近衛隊が控えていたと言われます。並んで立てば、皇帝が小さく見えたのも無理はありません。
表向きの説明
記録にある「5フィート2インチ」は、当時のフランスの単位で書かれたものと考えられています。フランスの古い単位は英米のフィート・インチより長く、換算すると約168cmになります。これは当時のフランス人男性の平均と同じか、やや高いくらいだったとされます。
小柄なイメージが広まったのは、イギリスの風刺画の影響が大きいと言われます。「小さな伍長」というあだ名も、身長ではなく親しみを込めた呼び名だったと考えられています。長身の近衛兵に囲まれていたことも、小さく見られた一因かもしれません。単位の違い一つで、英雄の姿がここまで変わってしまったのです。
ちなみに、日本で有名な「余の辞書に不可能という文字はない」という名言は、実はかなり意訳されたものと言われます。もとになったのは、ナポレオンが手紙に書いたとされる「不可能はフランス的ではない」という趣旨の言葉だとされています。身長だけでなく、名言まで「盛られて」伝わっているのかもしれません。
さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら