マリー・アントワネットは「パンがなければお菓子を」と言った
飢えに苦しむ民衆に、王妃が放ったあまりに無邪気な一言。歴史に刻まれたあの名台詞の真相とは。
噂の内容
18世紀後半のフランス。凶作が続き、パンの値段は庶民の手が届かないほど高騰していました。パンは人々の命綱。それが買えないということは、飢えそのものを意味します。パリの街には不満と怒りが渦巻いていました。パン屋の前に長い行列ができ、暴動に発展することもあったと言われます。
その頃、ヴェルサイユ宮殿では華やかな宴が続いていました。豪華なドレス、きらびやかな宝石、高く結い上げた髪。王妃マリー・アントワネットの贅沢ぶりは、民衆の間で知らぬ者がないほどだったとされます。宮廷の暮らしと、パリの路地裏。その落差は、あまりにも大きなものでした。
ある日、民衆がパンを買えずに苦しんでいると聞いた王妃は、きょとんとした顔でこう言った、と伝えられます。「パンがないのなら、お菓子を食べればいいのに」。庶民の暮らしをまるで知らない、世間知らずの王妃。この一言は、フランス革命の怒りを象徴する言葉として、世界中に広まりました。今でも、庶民感覚のない権力者を皮肉るときの決まり文句になっています。
やがて革命が起こり、王妃は断頭台の露と消えます。あの無邪気な一言が、民衆の怒りに火をつけたのかもしれない。そう考えると、言葉の重みにぞっとしませんか。たった一言が、一人の王妃の評価を永遠に決めてしまったのです。
ささやかれる証拠
贅沢三昧のイメージ
王妃は華やかな衣装や宝飾品、離宮での暮らしなどで知られ、民衆の反感を買っていたとされます。いかにも言いそうだ、と思わせる下地がありました。
「赤字夫人」のあだ名
国の財政が苦しくなる中、王妃は「赤字夫人」と呼ばれて非難されたと言われます。財政難の元凶というイメージが、あの台詞と結びつきました。
外国から来た王妃
王妃はオーストリアの出身で、フランスの民衆からはよそ者として見られることもあったとされます。反感を抱く人々にとって、格好の標的になりやすい立場でした。
表向きの説明
マリー・アントワネットが実際にこの言葉を口にしたという記録は、見つかっていません。よく似た話は、思想家ルソーの自伝『告白』に「ある高貴な女性」の言葉として登場します。しかし、この部分が書かれたとされる時期、アントワネットはまだ幼く、フランスにも来ていませんでした。
この言葉は、革命の前後に王妃への反感が高まる中で、彼女のものとして語られるようになったと考えられています。実際の王妃は、民衆の苦しみに心を痛める内容の手紙を残しているとも言われます。とはいえ、豪華な暮らしぶりが民衆の不満を集めたこともまた事実で、その評価は今も一面的には語れません。
ちなみに、ルソーの『告白』に出てくる言葉は、原文では「ブリオッシュを食べればいい」という趣旨です。ブリオッシュはバターや卵をたっぷり使った、ちょっと贅沢なパン。日本では「ケーキ」や「お菓子」と訳されることが多いのですが、もとは少し高級なパンの話だったのです。
さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら