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歴史の異説 / 日ユ同祖論

日本人とユダヤ人は同じ祖先を持つ

神輿と契約の箱、山伏と祈りの装束。遠く離れた二つの民族には、奇妙な共通点があると言われています。

Since:明治時代〜Evidence:4

古代イスラエルには12の部族がいたとされます。そのうち10の部族は、紀元前8世紀ごろにアッシリアに国を滅ぼされたのち、歴史から姿を消したと言われています。いわゆる「失われた十支族」です。彼らはどこへ行ったのか。その行き先の一つとして名前が挙がってきたのが、なんと日本なのです。

明治時代、日本を訪れたスコットランド出身の商人ノーマン・マクラウドは、日本の文化に古代イスラエルとの共通点を見いだし、日本人は失われた部族の子孫ではないかと唱えたとされます。この説は、のちに日本人の研究者たちにも受け継がれていきました。大正から昭和にかけては、この説を論じる本が次々と出版されたとも言われます。

たとえば、神輿。担ぎ棒のついた箱を人々が担いで練り歩く姿は、旧約聖書に登場する「契約の箱」の運び方に似ていると言われます。山伏が額につける頭襟と、ユダヤ教徒が祈りのときに額につける小箱。祇園祭の山鉾巡行が行われる7月17日と、ノアの箱舟が山にとどまったとされる日付の一致。数え上げれば、きりがありません。

偶然の積み重ねか、それとも遠い昔の記憶なのか。シルクロードの果てにたどり着いた人々の物語は、今も多くの人を惹きつけています。

  • 神輿と契約の箱

    神輿の形や担ぎ方が、旧約聖書に記された契約の箱の運び方と似ていると指摘されます。どちらも神聖なものを人が担いで運ぶ点が、共通点として語られます。

  • 山伏の頭襟

    山伏が額につける小さな頭襟が、ユダヤ教徒が祈りで額につける小箱に似ていると言われます。額に聖なるものを置く習慣の一致が注目されています。

  • 7月17日の一致

    祇園祭の山鉾巡行の日が、創世記で箱舟が山にとどまったとされる月日と重なる、という指摘があります。暦の違いを超えた一致として、信じる人の間で有名な話です。

  • 謎の渡来人・秦氏

    古代に大陸から渡来した秦氏について、東方のキリスト教徒やイスラエル系の人々だったのでは、と論じた研究者もいました。京都・太秦の地名とともに語られることが多い説です。

日ユ同祖論は、明治時代に来日した西洋人や、それに影響を受けた日本の研究者らによって広まったとされます。挙げられる共通点の多くは、形や日付が似ているという比較にとどまり、言語学や遺伝学、考古学の研究で、日本人とユダヤ人に特別な共通の祖先があることを示す結果は得られていません。

一方で、この説は日本人が自らのルーツを世界史の中に位置づけようとした時代の思いを映すものとも言われます。宗教や民族の歴史は多くの人にとって大切なものであり、異なる文化の中に共通点を探す試みそのものが、人々の関心を集め続けています。

ちなみに、京都・太秦の木嶋坐天照御魂神社、通称「蚕の社」には、三本の柱を三角形に組み合わせた珍しい「三柱鳥居」があります。なぜこのような形になったのかははっきりしておらず、秦氏との関係を指摘する声もあります。三方向どこから見ても鳥居に見える、不思議な造形です。

さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら