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歴史の異説 / アドルフ・ヒトラー

ヒトラーはベルリンを脱出し、南米で生きていた

地下壕で自殺したのは替え玉。本物はUボートで大西洋を渡り、南米で余生を送った、と噂されてきました。

Since:1945年〜Evidence:4

1945年4月、陥落寸前のベルリン。ソ連軍の砲声が響く中、総統地下壕にこもったアドルフ・ヒトラーは、妻エヴァ・ブラウンとともに自ら命を絶ったとされています。遺体は側近たちの手で地上に運ばれ、ガソリンをかけて焼かれました。独裁者の最期は、炎の中に消えたのです。少なくとも、公式にはそう伝えられています。

しかし、遺体を回収したソ連は、その詳細を長く明かしませんでした。それどころか、ソ連の指導者スターリンは、ヒトラーが生きて逃げたのではないかとほのめかした、とも伝えられます。本人を確認できる情報が表に出てこない。疑念が生まれるには、十分すぎる状況でした。

そして終戦から間もない1945年の夏、ドイツ海軍の潜水艦Uボートが、相次いでアルゼンチンの港に現れて降伏します。なぜ終戦後に、わざわざ南米まで。この潜水艦に、総統が乗っていたのではないか。噂は一気に広がりました。

戦後、南米ではヒトラーを見たという目撃談がいくつも語られます。実際に、多くのナチス幹部が南米へ逃れていたことも、のちに明らかになりました。独裁者は、南米の片隅で静かに年老いていったのかもしれない。そんな想像が、今もささやかれ続けています。

  • 長く伏せられた遺体の情報

    ヒトラーの遺体を回収したのはソ連で、その詳しい情報は長い間公開されませんでした。確認の過程が見えないことが、替え玉説を生む大きな要因になりました。

  • 南米に現れたUボート

    終戦後の1945年夏、ドイツの潜水艦がアルゼンチンで降伏しました。遠く南米まで航海してきた理由をめぐり、誰かを運んだのでは、という想像がふくらみました。

  • 実際に逃げたナチス幹部

    アドルフ・アイヒマンがアルゼンチンで捕らえられるなど、ナチスの関係者が南米に潜伏していた例は実際にあります。本人だけが逃げなかったと言い切れるのか、というわけです。

  • 相次いだ目撃情報

    戦後、南米各地でヒトラーらしき人物を見たという情報が寄せられ、各国の情報機関にも記録が残っているとされます。噂が噂を呼ぶ状況が続きました。

ヒトラーが1945年4月30日にベルリンの地下壕で自殺したことは、地下壕にいた側近や秘書などの証言によって裏づけられています。ソ連は遺体の一部を保管しており、歯科の記録と照合して本人と確認したとされています。遺体の焼却は、ヒトラー自身の指示によるものだったとも伝えられます。

2018年には、フランスの研究チームがロシアに保管されている歯の遺骨を調査し、ヒトラー本人のものであることと矛盾しないとする結果を発表しました。Uボートが南米で降伏したことや、ナチス関係者の逃亡は事実ですが、ヒトラー本人が逃れたことを示す確かな証拠は見つかっていません。

ちなみに、ソ連はヒトラーの遺骨を東ドイツの基地にひそかに埋めていましたが、1970年に掘り起こして焼却し、灰を川に流したとされています。遺骨が崇拝の対象になるのを防ぐためだったとも言われます。現在ロシアに残っているのは、歯などごく一部だけなのです。

さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら