湾岸戦争の爆撃を生き延びたゲームボーイがある
黒く焼け焦げ、ボディは溶けかけている。それでも電源を入れると、あのブロックが落ちてくるといいます。
噂の内容
1989年に登場した任天堂のゲームボーイ。手のひらサイズで電池で動き、どこへでも持ち運べる。世界中の子どもたちが夢中になった携帯ゲーム機です。そんなゲームボーイに、まるで伝説の英雄のような一台がある、という話をご存じでしょうか。
舞台は1991年の湾岸戦争。中東に派遣された兵士が、宿営地で過ごす時間の相棒として一台のゲームボーイを持ち込んでいました。ところがある日、その場所が爆撃に見舞われ、兵士の持ち物ごと炎に包まれてしまったと言われます。厳しい環境の中で、小さな画面の中の世界は、兵士たちにとって数少ない娯楽のひとつだったのでしょう。
焼け跡から見つかったゲームボーイは、ボディが黒く焦げ、ところどころ溶けて変形していました。誰もが壊れたと思ったその一台に、試しに電池を入れて電源を入れてみると、画面が点いた。そして『テトリス』が、何事もなかったかのように動き出したというのです。まるで不死身のゲーム機です。
あまりに出来すぎた話に、ゲーム好きの間では半信半疑の声も上がりました。本当にそんな頑丈なゲーム機があるのか。そしていまも誰かが、その姿をこの目で確かめることができるのか。話は雑誌や口コミを通じて、ゲームファンの間に広まっていきました。
ささやかれる証拠
頑丈さの
評判 初代ゲームボーイは、落としても壊れにくいと評判の機械でした。「ゲームボーイならあり得る」という実感が、話の信憑性を高めています。
動くのは
テトリス 焼け焦げた本体で動くのが、ゲームボーイの代名詞とも言える『テトリス』という点も印象的です。話としての完成度の高さが、記憶への残りやすさにつながりました。
現物を
見た 人が いる 実際にお店でその本体を見た、という体験談がネット上に多く残っています。目撃証言の多さが、噂を単なる作り話から遠ざけました。
表向きの説明
焼け焦げたゲームボーイは実在し、ニューヨークにある任天堂の直営店で長く展示されてきたことで知られています。持ち主は湾岸戦争に従軍した人物で、宿営地が被害を受けた際に損傷したと説明されています。展示では電源が入った状態で『テトリス』が動いていたとされ、多くの来店者が写真に収めてきました。
ただし、どのような状況で焼けたのか、どの程度の修理が行われたのかといった細かな経緯は、語られ方によって異なる部分があります。内部の部品の状態についても詳しい公表があるわけではなく、そうした余白が、この一台をいっそう伝説めいた存在にしているようです。
ちなみに、ゲームボーイが日本で発売されたのは1989年4月21日です。北米では『テトリス』を同梱して発売され、これが本体の大ヒットに大きく貢献したと言われます。のちに社会現象となる『ポケットモンスター 赤・緑』も、このゲームボーイ向けのソフトとして1996年に登場しました。
さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら