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アニメ・エンタメ / となりのトトロ(1988)

サツキとメイは、もう死んでいる

物語の後半、ふたりの足元から影が消えている。あの森の主は、本当に優しいだけの存在だったのでしょうか。

Since:2007年頃に拡散Evidence:4

日本の夏休みの定番、『となりのトトロ』。田んぼの匂い、夕立、バス停でのあの名場面。何度見ても心が温まる、はずでした。ところが2000年代の半ば、ネットの片隅でこんな話がささやかれ始めます。「あの映画、後半のサツキとメイは、もう死んでいるらしい」。

噂の筋書きはこうです。入院中のお母さんに会いたくて家を飛び出したメイは、道に迷った末に池で溺れてしまう。必死に妹を探すサツキも、やがて「あちら側」へ行ってしまう。トトロは死期の近い子どもにだけ見える森の死神で、ネコバスはあの世へ魂を運ぶ乗り物。そしてネコバスの行き先表示には、一瞬だけ「墓道」の文字が浮かぶ——。

そう思って見返すと、ぞっとする場面がいくつも浮かび上がります。池から見つかった小さなサンダル。おばあちゃんの「メイちゃんのじゃない」という言葉は、本当に安心していい答えだったのか。病院に着いたふたりは、なぜ母親に直接会わず、木の上から見守るだけで帰ってしまうのか。

話はさらに膨らみ、舞台のモデルとされる埼玉県の狭山丘陵周辺で起きた実在の事件と結びつける説まで登場しました。チェーンメールや掲示板を通じて一気に拡散し、2007年頃には「トトロ都市伝説」として誰もが一度は耳にする話になっていたのです。

  • 後半のふたりに影がない

    終盤のいくつかのカットで、サツキとメイの足元に影が描かれていないと指摘されます。影がないのは幽霊の証拠だ、というのが信じる人たちの一番の決め手です。

  • 母親に会わずに帰る

    せっかく病院までたどり着いたのに、ふたりは病室に入らず木の上から様子を見るだけ。生きている子どもならまず駆け寄るはずだ、という違和感が語られます。

  • 持ち主の曖昧なサンダル

    池で見つかったサンダルは「メイのものではない」とされますが、その後の展開があまりに唐突だと感じる人もいます。本当は見つかったのはメイの持ち物だったのでは、と深読みされました。

  • トウモロコシだけが届く

    母親の病室の窓辺には、メイが届けようとしたトウモロコシがそっと置かれます。姿は見えないのに贈り物だけが届く。この演出が、ふたりがこの世の存在ではない暗示だと受け取られました。

この噂が大きく広まった2007年、スタジオジブリは公式ブログで、トトロが死神だとか、メイが死んでいるといった設定はまったくない、という趣旨の否定を出しています。制作側がわざわざ公式に言及したこと自体が、噂の広がりの大きさを物語っています。

影については、物語上必要のないカットでは影を省いた、という作画上の事情が説明されています。母親に会わなかった場面も、元気な姿を確かめて安心した子どもたちの心の動きとして描かれたものと受け取るのが一般的です。ただ、見る人の心に不思議な余白を残すのがこの作品の魅力でもあり、だからこそ噂が生まれたのかもしれません。

ちなみに、サツキとメイの名前はどちらも「五月」にちなんでいます。サツキは和風の月名「皐月」、メイは英語の「May」。企画の初期段階では主人公はひとりの少女で、のちにふたりの姉妹に分けられたとされています。公開時のポスターに描かれた少女が、サツキともメイとも言い切れない姿をしているのは、その名残だと言われます。

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さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら