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歴史の異説 / 草薙剣

三種の神器・草薙剣の本当の行方

壇ノ浦の海に沈んだと語られる神剣。その本体は、今も誰の目にも触れずにどこかに眠っていると言われます。

Since:中世〜Evidence:3

皇位のしるしとして受け継がれてきた三種の神器。八咫鏡、八尺瓊勾玉、そして草薙剣です。神話によれば、この剣はスサノオがヤマタノオロチを退治したとき、その尾から現れたとされます。のちにヤマトタケルが、野火に囲まれた際にこの剣で草を薙ぎ払って難を逃れたことから、草薙剣と呼ばれるようになったと伝えられます。

ところが1185年、源平最後の戦い、壇ノ浦の戦いで、剣は大きな危機に見舞われます。平家とともにいた幼い安徳天皇が、神器とともに海に身を投じたのです。『平家物語』などによれば、鏡と勾玉は回収されたものの、剣はついに見つからなかったとされます。源氏の武士たちは必死に海を探したとも伝えられますが、神剣が再び姿を現すことはありませんでした。

神の剣は、海の底に消えたのか。それとも、どこか別の場所にあるのか。実はこの剣には、壇ノ浦よりはるか昔から、盗み出されそうになったり、持ち主を祟ったりしたという不思議な話が残されています。

現在、草薙剣の本体は名古屋の熱田神宮に祀られているとされます。しかし、その姿を見ることは誰にも許されていません。どんな形で、どんな色をしているのか。はっきりとしたことは、何一つ伝わっていないのです。神剣の本当の姿を知る者は、いるのでしょうか。

  • 壇ノ浦に沈んだ

    平家物語などには、壇ノ浦で剣が海に沈み、見つからなかったと記されています。神器の一つが失われたという衝撃的な話が、行方をめぐる謎の出発点です。

  • 盗まれかけた神剣

    日本書紀には、7世紀に新羅の僧が熱田の剣を盗み出そうとした、という記事があるとされます。古くから狙われるほど特別な宝だったことがうかがえます。

  • 誰も見られない本体

    熱田神宮の御神体として祀られる剣は、天皇でさえ直接目にすることはないとされます。見ることが許されないからこそ、想像が尽きないのです。

一般に、草薙剣の本体は古くから熱田神宮に祀られており、宮中にあったのはその分身にあたる「形代」だったと説明されています。壇ノ浦で海に沈んだのは、この宮中の形代だったと考えられており、その後、伊勢神宮から献上された剣などが、新たな形代として宮中で用いられるようになったと伝えられています。

神器は天皇の代替わりの際に受け継がれ、2019年の即位に伴う儀式でも、剣と勾玉を引き継ぐ「剣璽等承継の儀」が行われました。神器は信仰の対象として大切に守られており、その実物が公開されることはありません。だからこそ、神剣の姿は今も人々の想像の中にあり続けています。

ちなみに、日本書紀には、天武天皇が病に倒れた際、占いによって草薙剣の祟りとされ、宮中にあった剣がその日のうちに熱田へ送り返された、という記事があるとされます。神剣は、古代の人々にとっても畏れ多い存在だったことがうかがえます。

さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら