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歴史の異説 / 童謡「かごめかごめ」

「かごめかごめ」の歌詞には恐ろしい意味が隠されている

子どもたちが輪になって口ずさむ、あのわらべ歌。その一節一節に、大人が聞いたらぞっとする意味が込められていると言われます。

Since:江戸時代〜Evidence:4

目をふさいでしゃがんだ鬼の周りを、子どもたちが手をつないで回ります。「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ」。歌が終わった瞬間、鬼は真後ろにいる子の名前を当てる。誰もが一度は遊んだことのある、なつかしい遊びです。

ところが、あらためて歌詞を読み返すと、どこか妙です。「夜明けの晩」とは、いったいいつのことなのか。夜明けなのに晩。「鶴と亀と滑った」も、縁起のいい二つの生き物がそろって滑るという、ちぐはぐな光景です。意味が通らないからこそ、そこには何かが隠されているのではないか、と考える人が現れました。

よく知られているのが、籠の中の鳥とは、遊郭から出られない遊女のことだという説です。いつになったら自由の身になれるのか、という嘆きの歌だというのです。ほかにも、籠を牢屋、鳥を囚人と見て、夜明けの晩に処刑される者の歌だとする説。「かごめ」を「身籠め」と読み、身ごもった女性が後ろから突き飛ばされる場面を歌ったものだとする、さらに恐ろしい説まであります。

極めつけは、徳川の埋蔵金のありかを示す暗号だという説です。鶴と亀は日光東照宮に関わる目印で、「後ろの正面」に隠し場所がある、というのです。子どもたちが何も知らずに歌い継いできたこの歌は、誰かが仕込んだメッセージだったのでしょうか。

  • 意味の通らない言葉

    「夜明けの晩」「鶴と亀と滑った」など、文字どおりには解釈しにくい言葉が並んでいます。わざと意味をぼかしたのでは、という疑いが、さまざまな説の出発点になっています。

  • 閉じ込められた鳥

    籠の中の鳥がいつ出られるのかを問う歌詞は、自由を奪われた人の姿に重ねやすいものです。遊女説や囚人説は、この一節を軸に組み立てられています。

  • 日光東照宮との結びつき

    徳川埋蔵金説では、東照宮にある鶴や亀にまつわる装飾が歌詞と対応しているとされます。家康を祀る場所と結びついたことで、暗号説は一気に話題になりました。

  • 鬼の後ろに立つのは誰か

    「後ろの正面だあれ」という問いかけは、遊びの決まり文句でありながら、背後に何かがいるような不気味さを感じさせます。怪談めいた解釈が生まれやすい一節です。

「かごめかごめ」は、特定の作者がいない伝承のわらべ歌で、地域によって歌詞や節回しに違いがあったとされます。江戸時代の書物にも似た歌が記録されていると言われますが、今とは言葉が異なり、よく知られた「鶴と亀と滑った」「後ろの正面だあれ」の部分は、のちに形を整えていったものとも考えられています。現在の歌詞は、明治以降に広まったものが定着したとされます。

遊女説、囚人説、埋蔵金説などは、いずれも歌詞の言葉から後づけで意味を読み取ったもので、裏づけとなる史料は見つかっていません。こうした解釈は、昭和の後半ごろから本やテレビで紹介されて広まったとされます。わらべ歌には、言葉遊びや響きのよさを優先して、意味がはっきりしない歌詞が少なくありません。

ちなみに、「かごめ」の語源には、しゃがめという意味の「屈め」から来たという説や、竹で編んだ籠の網目「籠目」を指すという説などがあります。籠目の模様は六芒星のような形をしていて、昔から魔除けの印としても使われてきたとされます。ひとつの言葉にこれだけ解釈の余地があることも、この歌が謎めいて聞こえる理由なのかもしれません。

さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら