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アニメ・エンタメ / 火垂るの墓(1988)

冒頭の清太は、すでに死んでいる

駅の柱にもたれて動かない少年。この物語は、幽霊になった兄の長い回想として始まっていました。

Since:公開当時からEvidence:3

1988年、『となりのトトロ』と同時上映された一本のアニメ映画がありました。高畑勲監督の『火垂るの墓』。戦争で親を失った兄妹の物語として、テレビで放送されるたびに多くの人の涙を誘ってきた作品です。そしてこの映画には、昔から繰り返し語られてきた「気づいてしまうと二度と同じ気持ちでは見られない」話があります。

それは、物語に登場する清太は最初から死んでいる、というもの。舞台は終戦直後の駅の構内。柱にもたれた少年が、ひっそりと息を引き取ります。そして場面は切り替わり、赤く染まった清太と節子が、自分たちの過去を見つめ始める。私たちが見ている兄妹の日々は、すべて亡くなったふたりの魂がたどり直している記憶だというのです。

よく見ると、赤い姿のふたりは物語の途中にも何度も現れます。電車の座席に座り、かつての自分たちを静かに見下ろしている。あの蛍の光も、ドロップの缶も、すべてがあの世から振り返った風景だとしたら。

さらに噂好きの間では、ラストシーンにも注目が集まります。高台に座る幽霊のふたりの向こうに広がるのは、ビルの明かりが輝く現代の街並み。ふたりはいまもそこにいて、私たちの時代を見つめ続けている——。そう語られると、背筋が少し寒くなります。

  • 冒頭の衝撃的な独白

    映画は清太自身の「僕は死んだ」という語りで幕を開けます。あまりにさらりと語られるため、聞き逃したまま物語に引き込まれる人も多いと言われます。

  • 赤く染まったふたり

    全編を通して、ときおり赤い色調で描かれた清太と節子が登場します。生きている場面とは明らかに違う色づかいが、回想する側の存在を示していると指摘されます。

  • 現代の街を見下ろすラスト

    最後の場面で、ふたりの背景に高層ビルの夜景が映ります。戦時中の物語なのになぜ現代の街なのか、という疑問が、魂がいまも留まっている説につながりました。

これは噂というより、作品そのものの構成です。冒頭で清太本人が自分の死を語り、赤い色調で描かれたふたりは亡くなったあとの姿として表現されています。高畑勲監督は、幽霊となった清太が過去を繰り返したどる構図について、インタビューなどで触れていたとされます。

ラストの現代の街並みも意図的な演出と受け止められており、戦争の記憶と現在の私たちをつなぐ仕掛けとして語られることが多いです。ただし演出の細かな意味については、監督がすべてを明言しているわけではなく、見る人の解釈に委ねられている部分も残ります。気づかずに見ていた人が多いぶん、あとから知って驚く「都市伝説」のように広まったと考えられます。

ちなみに、作中で節子が大切にしていた「サクマ式ドロップス」の缶は実在の商品です。製造していた佐久間製菓は2023年1月に廃業し、長く親しまれたあの缶は店頭から姿を消しました。発表の際には、この映画を思い出したという声がSNSにあふれたと言われます。

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さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら