ケネディ暗殺はオズワルドの単独犯ではない
1963年、ダラスの青空に響いた銃声。犯人はたった一人だったのか、半世紀以上も論争が続いています。
噂の内容
1963年11月22日、テキサス州ダラス。オープンカーに乗ったケネディ大統領が、沿道の群衆に笑顔で手を振っていました。その瞬間、乾いた銃声が響き渡ります。大統領は撃たれ、まもなく死亡が発表されました。
逮捕されたのは、元海兵隊員のリー・ハーヴェイ・オズワルド。彼は教科書倉庫ビルの6階から銃を撃ったとされました。ところが事件の2日後、警察署で移送される最中に、ナイトクラブ経営者の男に射殺されてしまいます。法廷で真実が語られることは、永遠になくなりました。
口を封じられたのではないか。人々の疑いは一気にふくらみます。背後にいたのはCIAか、マフィアか、それとも政府内部の誰かか。現場近くの芝生の丘から別の銃撃があった、と語る目撃者も現れました。
さらに議論を呼んだのが、1発の銃弾が大統領と州知事の体を次々と貫いたとする「単一弾丸説」です。批判する人々はこれを「魔法の弾丸」と呼びました。1991年には、この事件の陰謀説を描いたハリウッド映画が公開され、世界中で再び関心が高まります。事件から60年以上がたった今も、新たな文書が公開されるたびに、世界中の研究者やファンがその中身に目を凝らしているのです。
ささやかれる証拠
犯人が裁判前に殺された
オズワルドは逮捕からわずか2日後に射殺され、裁判は開かれませんでした。本人の口から動機や背景が語られる機会が失われたことが、最大の疑惑の種になっています。
「魔法の弾丸」の軌道
1発の弾が2人の体を貫通し、複数の傷を負わせたとする説明は、不自然だと感じる人が少なくありません。弾道の解釈をめぐる議論は、今も続いています。
芝生の丘からの銃撃説
現場では、銃声が別の方向から聞こえたと証言する人もいました。複数の狙撃手がいたのではないか、という疑いの根拠になっています。
公的機関も陰謀の可能性に言及
1979年、アメリカ下院の特別委員会が「陰謀の可能性が高い」と報告しました。政府の機関自身が単独犯説に疑問を示した点は、他の陰謀論にはない重みがあります。
表向きの説明
1964年、政府が設置したウォーレン委員会は、オズワルドの単独犯行と結論づけました。一方、1979年には米下院の暗殺特別委員会が、現場の録音の分析などをもとに、陰謀があった可能性が高いと報告しています。ただしこの録音分析については、のちに別の専門家から疑問が示されました。
1991年の映画をきっかけに関心が高まり、1992年には関連記録の公開を定める法律が成立しました。その後も段階的に機密文書の公開が進められていますが、単独犯説を覆す決定的な証拠や、黒幕の存在を証明する記録は確認されていません。一方で、疑問が完全に解消されたとも言い切れず、議論は今も続いています。
ちなみに、事件の瞬間を捉えた最も有名な映像は、報道カメラマンではなく、沿道にいた一般市民が家庭用の8ミリカメラで撮影したものです。撮影者の名前をとって「ザプルーダー・フィルム」と呼ばれ、この短い映像が、半世紀以上にわたる検証の出発点になりました。
さて、あなたはどちらを信じますか。この噂、誰かに話したくなったら